LOGIN彼のペースに流されるままでいいのかと。理性が警告する。
「くそっ!」
僕は悪態をつき、相沢さんを見据える。
「覚悟は決まったか? 佳晴さん」
と、相沢さんは勝利を確信したように問う。
「……ええ、決まりましたよ。貴方は、僕の心までは自由にできない」
それではと、僕は彼に背を向けて歩き出す。
「今の
彼の言葉に、僕は動きを止めてしまった。
『幸せじゃない』
それは、僕が常々、思っている事だった。正確に言えば、五年前に恋人と別れてから、ずっと心の奥に引っかかり続けている。
「どうして、貴方が、それを……?」
言いながら、僕はゆっくりと振り返る。
誰にも言わず、ずっと胸の中にしまい続けていたはずなのに。なぜ、相沢さんが知っているのか。
「どうしてって、昨日、ここで俺に抱かれる前に言ってたじゃん。恋人と別れてからずっと、幸せじゃない状態が続いてるって。どうしたら、この状態から抜け出せるのかって」
それも覚えていないのかと、相沢さんが首をかしげる。
「それは……」
言いかけて、僕は何も言えずに黙り込んだ。
正直なところ、言ったのかどうかさえ、覚えていない。でも、彼が嘘を吐いているとは、どうしても思えなかった。
「ねえ、佳晴さん。理性じゃなくて、感情で考えてもいいんじゃない? たまには、さ」
甘く諭す相沢さんの言葉に、僕の心はぐらりと揺れ動いた。
(感情で考える……? それって、つまり――)
そう考えた瞬間、腹の奥にどろりとした熱いものを感じた。
自分の体がその気になっていることを自覚して、僕は諦めるように深くため息をついた。
「相沢さん。一つだけ、確認したい事があります」
「何?」
「僕が……ここで逃げなければ、幸せじゃない状態から抜け出せる。それで間違いないですか?」
と、僕は彼を見据えてたずねた。
「少なくとも、今よりは」
妖艶な笑みを浮かべたままの相沢さんは、言葉少なに肯定した。
「……わかりました」
その言葉を信じた僕は、淡黄色のカクテルを一気にのどに流し込む。
「あ、ちょっ……!?」
慌てたような相沢さんの声が聞こえたけれど、聞こえない振りをした。
ごくりとのどを鳴らして飲み、グラスをテーブルに置く。瞬間、視界がぐらりと歪んだ。
(――っ! きつ……)
めまいにも似た感覚に、僕はテーブルに手を置いて体を支える。腹の中が、燃えるように熱い。
鼓動が速くなり、頭が心臓にでもなったのではと思うほど、脈打つ感覚に苛まれる。
「まったく、一気飲みなんて無茶するぜ」
と、相沢さんは呆れたように言った。
何か反論したかったけれど、上手く思考がまとまらない。
「こ、れ……何?」
「何って、酒。今、俺が飲んでるのと同じカクテルだよ。言ったろ? アルコール度数、高いって。」
初めての感覚に思考が追いつかず、どうすればいいのかわからない。
「あいざわ、さん……」
縋るように、喘ぐように彼の名を呼んだ。
切れ長の目を細めたかと思うと、相沢さんはグラスに残ったカクテルを一気に飲み干す。
上下する彼ののど元から、僕は視線をはずすことができなかった。カクテルを飲んでいるだけなのに、なぜか扇情的な光景に見えた。そのせいか、下半身が痛いくらいに反り勃っている。
「……いいぜ。教えてやるよ。幸せになる方法を」
低い声で唸るように言うと、相沢さんは僕の手を取った。
「――っ!」
触れられただけなのに、変な声が出そうになってしまった。人肌に触れる事が、五年ぶりだからだろうか。おかしいくらい、敏感になっている。
(これ、やばいな。抜いたばかりなのに……)
ふわふわした頭で、そんな事を考える。
ほんの少し自身を触られただけで、すぐにでも達してしまいそうだ。
「おいで」
甘い声でささやくと、相沢さんは僕の手を引いて、寝室に向かった。
寝室は、朝とさほど変わりがなかった。壁にかけられたジャケット、ベッドには白い掛け布団と枕、埃のないフローリングの床。
違うところと言えば、光源が、窓から入る日光ではなく昼白色の電灯という事だけ。ただそれだけなのに、爽やかさはまるでない。いや、爽やかではあるのかもしれない。でも、少なくとも今の僕には、そんなものは欠片も感じられなかった。
ベッドに座るよううながされ、僕は素直に腰かける。
うるさいくらいに早鐘を打つ鼓動と火照った体。この衝動を早く鎮めてほしくて、潤んだ目で相沢さんを見つめた。
「さて。どうしてほしい?」
焦らすようにたずねる相沢さん。
その薄い笑みさえも、僕の欲情を煽る要因にしかならない。
「……早く、抱いて……ください」
そう告げる僕の声は、恥ずかしさで震えていた。けれど、それ以上に、体を蝕んでいく欲望から解放されたかった。
相沢さんは、口角をゆっくりと引き上げると、僕に口づけた。
「……っ! んぅ……」
触れるだけのキスなのに、頭の奥が甘くしびれてくる。
(やば……。キスって、こんなに気持ちよかったっけ……?)
ぼんやりと考えるけれど、彼の唇の感触と体温にどうでもよくなってくる。
「――ん゛っ!?」
いきなり、ぬらりと彼の舌が唇を割って入ってきた。
舌を絡められ、口内をまさぐられ、蹂躙される。思わぬ快感に、僕は上手く対応することができなかった。
「……んっ……ぅ……ん、ふ……」
気がつくと、僕は甘い吐息をもらしていた。抑えようとしても、勝手に出てしまう。
(何で、この人……こんな、キス上手いんだ……?)
翻弄されながら、僕はそんな事を考えていた。
まるで、僕の口内の弱いところを知っているような舌使いだ。
(そういえば、昨日の夜もしてるんだっけ……)
ふと、昨夜の記憶が蘇った。彼の舌が、ちろちろと歯をなぞり、ねっとりと僕の舌に絡みつく。その感覚が、今、この瞬間のものなのか、記憶の中のものなのかわからなくなる。
瞬間、背筋に甘い衝撃が走った。
「ん゛……っ!?」
相沢さんが、キスをしながら僕の背中に指を這わせたからだ。
「ふ……ぁ、ぅ……ん゛っ!」
肌が粟立つ感覚に、僕の体はびくりと跳ねた。まぶたを閉じているはずなのに、目の前がチカチカと明滅する。頭の中だけが、じわじわと熱い。けれど、僕自身は硬いままだ。
口内で暴れていた相沢さんの舌が、僕から離れる。名残惜しくて、僕は縋るようにまぶたを開けた。
相沢さんは、意外にもすぐ近くにいた。
「もしかして、イッちゃった?」
と、少し意地の悪い笑みを浮かべている。
荒い呼吸を繰り返しながら、僕はわからないと告げた。溢れ出た感覚がなかった。
「脳イキでもしたのかな? とろんとした目、してる。ふふっ、まだまだこんなもんじゃないぜ。頭ん中、ぐっずぐずに溶けるくらい気持ちいい事、たっぷり教えてやるから」
口角を上げて、そう宣言する相沢さん。
「ぁ……」
彼の言葉と妖艶なまなざしに、僕の口から声がもれた。何を期待したのかは、自分でもよくわからない。けれど、胸が高鳴り、体の奥が疼いたのを感じた。
(ぐずぐずに溶けるくらい気持ちいい事って、いったい……。というか、本当にこれが、幸せになる方法……なのか?)
ぼやける脳裏に、そんな疑問が湧いてくる。
このまま快楽に溺れてしまってもいいのか、一時の気の迷いなのではないか。説き伏せたはずの理性が、頭をもたげてくる。
「佳晴さん。何、ぼーっとしてんの?」
目の前にいたはずの相沢さんの声が、なぜか耳もとで聞こえた。
「ひぁっ……!」
僕は、思わず変な声を上げて肩を震わせる。
(なんで、こんな……ささやかれた、だけなのに!)
自分は、こんなに耳が弱かっただろうかと考えてしまう。
今までにも、恋人にささやかれたことはある。女性特有の甘やかな声が、とても心地よく響いていた記憶がある。けれど、ここまで、体が反応することなんてなかった。
酒に酔っているからなのか、それとも――。
自分が感じていることに理由がほしくて、思考を巡らせていると、さわさわと腹を直になでられた。
「……っ!? ちょ、ちょっと……相沢さん! どうして……?」
「どうしてって、言ったでしょ。頭ん中、ぐっずぐずに溶けるくらい気持ちいい事、教えるって」
言いながら、相沢さんは僕のシャツの中に手を入れて、腹や背中に指を這わせる。
触れられた部分が粟立ち、快感の波が広がっていく。
「……っ! あ、相沢さん! これ……っ、本当に……ふっ……幸せになるのに……んっ……必、要……なんです、か……?」
甘やかな刺激に耐えながら、相沢さんにたずねる。
「もちろん、必須項目だよ。佳晴さんが変わるための、ね。それに、抱いてほしいって言ったのは、佳晴さんでしょ?」
そう答えると、相沢さんは僕のシャツをゆっくりとたくし上げる。
「そ、ですけど……。あ、ちょっ……待っ……! ……あぁっ!」
彼の指が胸の突起に触れた瞬間、甘い嬌声が室内に響いた。
(え……今の、僕……?)
気づいた途端、とてつもない羞恥心に苛まれる。
「へえ? いい声出すじゃん。もっと、鳴かせたくなってきた」
低くつぶやいたかと思うと、相沢さんは、執拗に乳首をこねくり回し始めた。
「ちょ……あっ! あいざわ、さん……やめ……くっ……ぅ……」
と、相沢さんの手を止めようとした。けれど、思うように力が入らない。
「やめてほしい? どうして? 気持ちよさそうなのに」
言いながら、相沢さんは僕の背中にキスを落とす。
「ひぁっ……!」
知らない感触に、喘ぐことしかできない。
今まで『相沢さんに触れられている』という最低限の情報しか認識しようとしていなかった。それなのに、『触れられて気持ちがいい』という情報の波が押し寄せ、僕の肌は一気に敏感になっていく。
「ふっ……ぁ、あ゛っ……あ、そ、それ、だめ……です! ひ……やっ……やめて! うあ……ぁっ!」
相沢さんの執拗な乳首攻めに、体が震える。気持ちよすぎて、何も考えられなくなっていく。
「ふふ、感度よすぎ」
と、満足そうに笑う相沢さん。指の動きは止まらないどころか、加速していく。
「そ……んなこと……あ゛っ……い、われてもぉ……。あ゛っ、あ゛ぁ、だめっ! ……だめだめだめっ! も……イ゛ッ……!」
限界に達しそうになった瞬間、相沢さんは手を止めて僕から離れた。
「え……?」
情けない声を出して、彼を見上げる。
「物欲しそうな顔しちゃって。やめてほしかったんでしょ?」
冷たく笑う相沢さんは、そう言って僕を突き放す。
「ぁ……」
確かに、やめてほしいと願った。けれど、一度、火を灯されてしまったら、ぐずぐずになるまで燃やされなければ止まらない。
「あいざわさん……」
僕は、懇願するように彼の名を呼んだ。
「触ってほしかったら、脱いで横になって」
表情はそのままで、相沢さんは顎でベッドを指し示した。
僕に選択権があるように見えて、実際には選択肢なんて一つしかない。
僕は、彼に命じられるまま服に手をかける。彼のまとわりつく視線を感じながら、どうにか服を脱いだ。早く触れてほしくて、ベッドに横になる。
「いい子だ」
そう言って、相沢さんは服を脱ぎ捨てる。
彼の体は、思ったよりも引き締まっていて、僕の心臓はどきりと跳ねた。この後のことを考えると、反り勃つ自身がひくついてしまう。
相沢さんは、無言で僕に跨がると、
「それにしても、いい体してるよなぁ」
つぶやいて、僕の腹筋をなぞる。
「ひゃっ……! ぁ……や……」
「嫌じゃないでしょ? ガマン汁たらしながら、ビクつかせてるくせに」
相沢さんは、僕自身を指の腹でゆっくりとなで上げた。
「ひぎぃ……っ!!」
瞬間、僕の体は、弓反りに跳ねた。けれど、溜まった欲望はまだ出ていない。こんな快感が続いたら、頭の中が溶けてしまいそうだ。
「あれ? また、脳イキ決めちゃった? ははっ。あんたみたいに感度がいい奴、大好きだぜ!」
相沢さんはそう言うと、僕の耳もとに顔を近づけた。
「いけないこと、いろいろ、したくなっちゃう」
甘く低い声で、ねっとりとささやく。
「ん゛ぅっ……!」
自分の体なのに、コントロールできない。体だけが勝手に反応して、頭が追いついていかない。
「あ、あいざわ、さん……。あのカクテル、本当に……薬とか……入ってないんです、か?」
涙目で快楽に耐えながら、僕は相沢さんにたずねる。
「入れてないよ。言ったでしょ? もう騙し討ちはしたくないって。俺が飲んでるカクテルと同じ物だって。もしかして、俺が薬入れたとか思っちゃった?」
相沢さんが、僕の肌に指を滑らせる。それが、とてつもなく気持ちがいい。
「だ、だって、こんな……ふっ……感じるだなんて、今まで……あ゛……なかった、から!」
「じゃあ、もっと気持ちよくなってもらわなきゃ。俺じゃなきゃイケないくらいに、ね」
そう言って、彼は仄暗い笑みを讃える。
(やばい! こんなの……おかしくなる!)
直後、彼の分のスイーツセットが届いた。「……それで、聞いてほしい事って何すか?」スイーツに舌鼓を打ちながら、南波さんがたずねた。僕達二人が同居すること、先ほどその物件候補の内見をしてきたことをかいつまんで話す。「で、ここからが本題なんだけど」竜希はそう言って、コーヒーを一口飲んだ。「先に見た物件を扱ってる不動産屋に、変な奴がいてさ。物件自体はいいんだけど、そいつと会わなきゃならなくて、どうしたもんかって悩んでてな」「変な奴って、どんな?」首をかしげる南波さんに、君島さんの事を告げた。その瞬間、南波さんの表情から感情が消え、「君島さんは、俺の――知り合い、っす」と、絞り出すように言葉を紡ぐ。「知り合い? じゃあ……あいつとも、そういう事してるわけ?」竜希の問いに、南波さんは、ほんの少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべた。「ううん、全然。なんか、壊れ物みたいな扱いされてるんすよね。一緒に暮らしてるってのに」「そうなんだ。じゃあ、僕達の先輩だね」僕が軽く言うと、「あ、いや、そういうわけじゃ……。俺は、居候させてもらってるだけなんで」南波さんは、慌てて否定する。「ふーん。で? あいつに、そういう相手は?」「たぶん、いないっすよ。仕事が終わったら、すぐ帰ってくるんで」「ならいいけどさ。あいつ、佳晴さんをエロい目で見てたから。こっち側なんだろうなって」「竜希さんって、そういう嗅覚、鋭いっすよね。でも、残念ながら、君島さんはそういうんじゃないんで」そう言う南波さんの笑顔が、なぜか輝いて見えた。(君島さんの事、好きなんだろうな)なんて思ったけれど、口にはしない。言ってしまったら、ややこしい事になりそうな気がした。「僕達、君島さんに苦手意識あるんだけど、どうしたらなくなるかな?」何かヒントが欲しくて、軽い調子で南波さんに聞いてみた。
日常に戻った僕は、わくわくしながら日々をすごしていた。仕事をしていても、心の中はどこか落ち着かない。浮き足立っているのは、周囲にもバレていたようで。同僚から、何かいい事でもあったのかとたずねられることが何度かあった。その度に、曖昧に言葉を濁す。時間はあっという間にすぎて、内見当日。僕は竜希を連れて不動産屋へと向かった。窓口で内見の予約をしていると伝えると、「いらっしゃいませ。相馬様ですね? お待ちしておりました」と、長身ですらりとした男性が奥からやってきた。「あ、はい! よろしくお願いします」その男性の凛とした雰囲気に、変に緊張してしまう。「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。物件には、すぐにご案内いたしますから。リラックス、リラックス」彼は、優しい笑顔を浮かべる。目つきが鋭いから少し身構えてしまったけれど、案外いい人なのかもしれない。「申し遅れました。私、担当の君島と申します」と、丁寧に名刺を差し出された。「ご丁寧に、どうも」なんて、平静を装いながら受け取る。でも、内心は、やらかしたと焦っていた。普段なら、自分の名刺は持ち歩いている。でも、休日はさすがに持っていなかった。「佳晴さん、落ち着いて」大丈夫だからと、竜希が耳もとでささやく。その声音に、心は一瞬にして落ち着きを取り戻した。「どうかしましたか?」と、怪訝そうな君島さん。何でもないと取り繕うと、「それでは、私どもの車で向かいますので、こちらへどうぞ」と、店の外に案内された。駐車場を少し歩くと、真っ白な車が数台ほど停まっている。ドアの側面には、この不動産会社の社名が大きく入っていた。「助手席と後部座席に――」「いえ、俺達は後ろに乗りますので」君島さんの言葉を遮って、竜希がそう宣言した。君島さんは気分を害した風もなく、にこやかに了承してくれた。「ちょっと、竜希。どういうつもりだよ」小声
竜希の家に戻ると、彼は先ほどと同じ席に座っていた。ラフな普段着に着替えていて、髪が濡れている。その後ろ姿に、ときめいてしまった。「ただいま」平静を装いつつ声をかけて、彼の隣に座る。「あぁ、お帰り。レモネード、作り直そうか?」竜希の問いに、目の前にあるグラスに視線を向けると、レモネードが半分ほど残っている。(ゆっくり飲みたかっただけなのに、変に気を遣わせちゃったかな?)なんて思いながら、大丈夫だと答えた。「でも、もう冷たくなくなってるだろ?」「そんなに長時間、置いてたわけじゃないから大丈夫だって。それに、せっかく竜希が作ってくれたんだから、捨てるのはもったいないよ」僕がそう言うと、竜希は照れくさそうにはにかんだ。「佳晴さんがそれでいいなら、いいけど。もし飲み終わったら、速攻で作るからな」「わかったよ。それじゃあ、物件探しではずせない条件、挙げていこうか」と、パソコンを起動しメモ帳を開く。「やっぱり、駐車場は必須だよな。俺のと佳晴さんので、二台分」「そうだな。駐車しやすいとこだと、なお良しって感じかな」言いながら、メモ帳に入力していく。「佳晴さんは、何階想定で考えてる?」「そこは、特に考えてなかったな。一階だったら、割と楽だけどね」確かにと、竜希が同意する。それから、キッチンの収納やクローゼット、バス・トイレ別など、互いに譲れないこだわりを書き出していく。「俺はこんなもんだけど、佳晴さんは? 他に希望ないの?」「僕? そうだなー……風呂場とトイレは、ある程度、広い方がいいかな」「風呂場……? なんだ。そういう事なら、言ってくれればいいのに。裸のつき合い、しようぜ」妖艶な笑みを浮かべる竜希に、肩を抱き寄せられる。その色香に流されそうになるけれど、どうにか耐える。「そ、そうじゃなくて! 風呂場もト
『一緒に暮らそうか?』竜希にそう誘われてから、僕の思考は袋小路に迷い込んでいた。もちろん、とてもうれしい。うれしいのだけれど、本当にその申し出を受けていいのか、わからなくなっていた。食事中や仕事中――それこそ朝から晩まで、考えるのはそればかりで。「竜希と一緒に暮らす、か……」リビングのソファーに深く腰かけてつぶやく。彼ともっと一緒にいたい気持ちと、自分なんかで本当にいいのかという思いが、堂々巡りをくり返す。「……臆病すぎるだろ、自分」と、大きくため息を吐く。あずさとの間でも、そういう話が出たことはあった。当時は、今みたいに舞い上がっていたと思う。でも、臆病風に吹かれたのか、あずさと一緒に暮らすことはなかった。(……変われたと思ったのは、気のせいだったのかもな)なんて、自嘲する。竜希が隣にいたからこそ、勇気が出ただけなのかもしれない。『変わりたいんじゃなかったのか?』内なる自分に詰められる。うじうじしている自分を変えたいと思ったのは、嘘ではない。竜希の隣なら変われると思った。でも、一人になると、弱気な自分が顔を出す。「どうすればいいんだよ、僕は……」もう一度ため息をついて、うなだれる。(竜希……)何の気なしにスマホを手にして、竜希とのメッセージ画面を開く。そこに、明確な答えなんてあるわけもないのに。ログを遡り、やり取りを見返していく。彼の優しさが、そこかしこに散らばっていて、思わず口角が上がる。重く沈んでいた心が、わずかに軽くなった気がした。『感情で考えてもいいんじゃない?』唐突に、竜希の言葉が耳の奥に響いた。本気で変わりたいと思ったきっかけでもある。感情で考える――つまり、自分がどうしたいかということだ。(そんなの決まってる! 竜希ともっと一緒にいたい)それではどうするかと考えた時に、はたと気がついた。心は、もうとっくに竜希と一緒に暮らすことを決めていた。
「ぁ……ごめん、汚しちゃった」僕は、荒い息のまま謝罪する。僕の足先の床に、白濁の液体が水溜りのように広がっている。「あぁ、別にいいよ。後で掃除するから。それよりさ、ベッド行こうぜ」「あぇ……ベッド?」「あんたのかわいい顔見ながら、イきたい。いいだろ?」竜希は、そうささやいて僕の耳たぶを甘噛みする。「ん……っ! ぁ……少しだけ、じゃなかった?」「満足させてくれって言ったのは、あんただぜ?」くつくつと笑う竜希は、僕から自身を抜いた。「ひぅ……」ずるりと引き抜かれる感触に、思わず声が出てしまった。「こんなんじゃ、まだ足りねえだろ?」妖艶に告げる竜希に、僕は無言でうなずいた。「だよな。おいで」彼にうながされてベッドに向かうと、優しく押し倒された。「佳晴さん、かわいい。ずっと、俺だけ見てて」竜希はそう言うと、僕の返事を待たずにキスをした。優しく甘く温かいキスに、ゆっくり溶けてしまいそうだ。(僕だけ見てて、竜希……)独占欲にも似た感情が、胸の中に溢れてくる。息が苦しくなるのも構わずに、僕達は貪るようにキスをする。呼吸の一つ、唾液の一滴さえも逃したくないくらいに夢中になっていた。「んぁ……」甘くとろけた吐息が漏れた。舌もしびれている。(このまま、キスしていたい……)ぼんやりとそんな事を思っていると、竜希の唇がふっと離れた。名残惜しくて目を開けると、竜希は瞳をギラつかせていた。本能むき出しの姿に雄を感じて、心臓が跳ねる。同時に、僕自身が硬く反り勃ち、腹の奥が疼いた。「た、つき……」もたつく
注文していたピザが届くと、僕達はいつものように向かい合って食卓を囲んだ。僕の前にはアスパラとベーコンとコーンが乗ったピザが、竜希の前にはペパロニがたくさん乗ったピザが置かれている。いただきますと言って食べ始める。シャキシャキとしたアスパラの食感とベーコンの塩気、それにコーンの甘味がちょうどいい。「佳晴さんのも美味そうだな。一切れちょうだい」「いいよ。そっちの、一切れもらっても?」「もちろん」と、互いのピザの一切れを交換する。もらったピザを一口食べると、ペパロニ独特の肉の味とチーズのコクが口の中いっぱいに広がった。「これも美味しいな」「だろ? 一番好きなピザなんだよね。こっちはどうかな、と。……美味い! これ、好きだ」アスパラベーコンのピザを一口食べると、竜希の顔に満面の笑みが咲いた。「よかった、気に入ってもらえて。このピザ、僕のお気に入りなんだ」「じゃあ、よく頼むんだ?」「うん。たまに、別のを選ぶけどね。期間限定のとか、クアトロフォルマッジとか。でも、結局これに戻っちゃうんだよね」「ああ、それは確かにわかるかも。食い飽きない味だもんな、これ」言いながら、竜希はその一切れを頬張る。そんな彼を見て、ほっとすると同時に笑みがこぼれた。誰かと好きな味を共有できることが、とてもうれしい。それに、自宅で食べるピザよりも、格段に美味しい気がする。(これも、竜希と一緒だからかな)なんて、自然と彼に視線が行く。「どうしたの? そんなに見つめてくれちゃって。もしかして、もう一切れ欲しい?」小首をかしげて、竜希は自分のピザを指さした。「違うよ。竜希と一緒だから、ピザが美味しいなって思っただけ」僕は、わずかの逡巡、思ったままを伝えた。「……そっか。それなら、よかったよ」と、竜希はにやりと口角を上げる。けれど、爽やかな笑顔とも妖艶なそれとも違う。少しだけ、揶揄いが含まれているような感じがした。
カフェに到着した僕達は、店内の奥にある席を選んだ。周囲に他の客の姿はなく、相談事をするにはうってつけだった。とはいえ、本当に彼女に相沢さんとの事を話してしまっていいのかどうか、今更ながらに悩んでしまう。注文を取りに来た店員に、理沙さんは紅茶とイチゴのパフェを、僕はコーヒーをそれぞれ注文する。「……それで、相馬さんは、何を悩んでるんです?」店員の気配がなくなってから、理沙さんがたずねた。「それは……」口ごもる僕に、理沙さんは肩をすくめて、「まあ大方、相沢先輩との事なんだろうけど」
よそよそしい彼の作り笑いが、仕事中も脳裏にこびりついて離れない。忘れようとして、ジムで汗を流す。けれど、彼の低く甘い声が、耳の奥にこだまして、忘れさせてくれない。自宅に帰ってからも、彼の幻影は消えてはくれなかった。『佳晴さん』ふいに、彼の甘えるような声音が蘇る。「……っ!」劣情を抱えた僕は、窄まりにも手を伸ばす。彼の手つきを再現するように動かすけれど、どこか物足りない。「相沢、さんっ……!」僕は、少し強引に欲望を吐き出す。すっきりしたはず
翌日。体のだるさを引きずりながら、僕は目が覚めた。窓からは、相変わらず暖かな日差しが差し込んでいる。ふと横を見ると、相沢さんがかすかな寝息を立てている。(……きれいだよな)彼の寝顔を見ながら、僕はそんな事を思った。穏やかな寝顔を見ていると、昨夜の激しさが嘘のようだ。僕は、何の気なしに彼の髪をなでる。さらりとした質感がとても心地よくて、ずっと触っていたくなる。「ん……よしはる、さん……?」ぽやっと
自宅に戻った僕は、しばらくの間、自室でぼうっとしていた。『次の土曜日の夜に』という彼の言葉と、手の甲に触れた唇の感触が忘れられない。あの後、僕達が体を重ねることはなかった。とはいえ、緩い愛撫がエスカレートしないわけもなく、僕は彼を求めた。でも、自分でセックスはしないと言ってしまった手前、それを口にすることはできなかった。視線で察したのか、相沢さんは「あんな事、言わなきゃいいのに」なんて言いながら、僕の股間に顔を近づけ、僕自身を口に含む。そのまま口でされて、達してしまった。それが、今から三十分ほど前の事だ。「次の土曜日、か&h







